47歳のWeb制作者がライターの仕事を始めたきっかけ

ライターの成重(@nari_104)と申します。

年齢的に「ベテランのライター」と見られがちですが、「ライター」を名乗るようになったのは比較的最近の話です。

2017年にある記事を執筆したことをきっかけに、肩書きに「ライター」を加えました。

 

2000年前後に、独学でWeb制作のスキルを身につけ、その後仕事でWeb制作に携わるようになりました。

当時は今のようにデザイン、コーディングなどと分業されることは少なく、Webデザインもコーディングもひとりでやっていました。

もちろんWebサイト内の文章も自ら執筆していました。

その後、2002年に入社した会社で、自社メディア(現在でいう“オウンドメディア”)を構築。

運営責任者として、社内外での取材・執筆を行うようになりました。

フリーランスとなってからもWeb制作に携わり、サイト内の文章を執筆する機会が数多くありました。

このように文章を書く機会は少なくなかったものの、あくまで本業はWebサイトの制作と運営です。

ライターの仕事とは、ほぼ無縁でした。

 

2017年のある日、知り合いの編集者さんからメッセージが届きました。

「成重さん、Web解析ツールのGoogleアナリティクスの解説記事って書けますか?」

 

このとき、数社のWebサイトの管理業務を行っていた私は、日常的にGoogleアナリティクスを使っていましたので、一定の知識を持っていました。

ただ、ツールを日常的に使うのと、ツールの使い方を文章で解説するのは全く別の話です。

若干の不安はありましたが、編集者さんからのオファーを受け、47歳にして“ライター”としてのデビューを果たします。

執筆にあたり、自分の知識に抜け漏れがないか、偏っていないかを確認するため、書籍を二冊購入しました。

執筆した記事はこちら。5カ月連続の連載記事でした。

晴れてライターデビューを果たした私。名刺も新調して、肩書きに「ライター」を加えます。

その後はライターの仕事がガッポガッポ入って……などということはなく、次の仕事を受注するまで随分と時間がかかってしまいました。

 

ライティングを含むWebコンテンツの制作には20年ほど携わってきましたが、ライターとして文章を書くのはまた別物です。

10歳以上、ときには親子ほど年齢の離れている編集者さんや同業のライターさんにアドバイスをいただきながら、何とかライターとしての活動を続けられています。

 

もしあのときに編集者さんからの依頼がなければ、その後もライターになるきっかけはやってこなかったかもしれません。

2017年はブログのバズなどもあり、人生の転機となる出来事が多く起こった年でした。

 

最後に、これまでに執筆してきた記事の中で、一番のお気に入りを紹介します。

ソフトバンクロボティクスの「あさってロボット会議」というWebメディアの仕事で、地元北九州市の三萩野バッティングセンターを取材。時速210キロメートルの剛速球に挑戦してきました。

私がUターンした2019年にご依頼をいただいた仕事です。

地元ということもあり、三萩野バッティングセンターの社長さんと共通の知人が多いことが取材中に判明。

記事には書けなかったものの、地元トークですごく盛り上がりました。

地域のライターならではのコミュニケーションを取ることができたので、とても印象に残っています。

今後も、東京の媒体で地元の取材をしていきたいと考えています。

北九州市内の施設・人物・取り組みなどの記事を、地元ライターならではの切り口で制作しますのでお気軽にお問い合わせください。